競馬うまのハルウララのように、稲垣浩は負けても負けても闘い続けています
センターが無くなって困るのは労働者だから
「センターつぶすな」「シャッター開けろ」「強制排除反対」と言い続けます
1979年4月(34才のとき)「釜ヶ崎労働者の声を市議会へ」とのスローガンで大阪市議会選挙に打って出た稲垣浩。
個人演説会において萩之茶屋小学校の体育館が労働者であふれ、当選間違いなしと言われましたが、いざ開票の結果、当選ラインには及ばず落選となりました。
労働者でありながら抑圧され差別され続けていた労働者が、自分達の声が大阪市議会に届くことへの期待があの熱気につながったのだと思っています。それ以後も落選が続いています。
稲垣浩の得票数が法定得票数に達せず供託金が没収されたとき、開票作業に従事していた西成区役所の職員たちが手をたたいて喜んでいたということも、開票場に居た某新聞記者から聞かされました。
でもね、それまでどの政党の選挙カーも釜ヶ崎に入ってはきませんでしたが、稲垣浩が釜ヶ崎から立候補してからは各政党の選挙カーが釜ヶ崎を通過するようになったのです。
稲垣浩を目ざわりと思っているのは警察や維新の会、あいりん職安、西成区保健福祉センター分館(旧市更相)、ドヤ主、貧困ビジネス、大阪府、大阪市等々。まだ書きたいことはあるけど紙面がもったいないから、もう止めときます。
競馬うまのハルウララの113連敗には遠く及びませんが、負けても負けてもあきらめません。そこんところは、唯一似ているところです。
公民権運動の人たちとは一線を画すことにしました
11月29日午後3時から三角公園において始まった「センターつぶすな」「シャッター開けろ」「強制排除反対」の集会の後、3時半からセンターまでのデモ行進をしました。労働者を中心に約60人が声を上げました。参加された皆さん、お疲れ様でした。
その後、釜ヶ崎解放会館において、釜ヶ崎公民権運動(以下、公民権という)の人たちとの会議があり、釜合労は公民権の人たちとの共闘を拒絶することを伝えました。
公民権の住所も釜ヶ崎解放会館から他の住所に移すことを要請し、これまで預かっていた公民権所有のハンドマイクも持って帰ってもらいました。残念ではありますが、ご報告まで。
今後の予定
センターはこの街の宝です
12月4日(木)午後1時10分
大阪地方裁判所808号
日本維新の会交野支部幹事長(2023年4月当時)が釜ヶ崎労働者を「ヨゴレ」と差別し、さらには稲垣浩の選挙妨害をした裁判の判決
12月26日(金)午前10時
長居動物病院
大阪府労働委員会審理再開
組合員の有給休暇の申請を拒否した不当労行為について救済申立をした件について第1回調査
2025年12月1日
釜ヶ崎地域合同労働組合・釜ヶ崎炊き出しの会・いながきひろし事務所
大阪市西成区萩之茶屋2‐5‐23 釜ヶ崎解放会館1階
電話(6631)7460
ファックス(6631)7490
釜合労のホームページhttps://www.kamagourou.com
E-mail info-kamagasaki@kamagourou.com
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